毎年5月12日は「看護の日」です。
看護の日を含む1週間を「看護週間」と呼びます。
2020年の看護の日は5月12日(火)です。
東京都看護協会は、5月16日(土)に新宿駅西口でイベントを開催します。
1.看護の日の由来
看護の日は、1990年、厚生省(当時)によって定められました。
この日はナイチンゲールの誕生日です。
2020年はナイチンゲール生誕200年にあたります。
ナイチンゲールとはどんな人だったかおさらいしましょう。
1820年、イギリスの上流階級に生まれたナイチンゲールは、22歳のとき、慈善活動として農民小屋の病人たちを目の当たりにしました。
当時、看護師は身分の低い職業でしたが、ナイチンゲールは心から病人を救いたいという強い気持ちに突き動かされ、看護師となります。
その活動が評価され、34歳でクリミア戦争の野戦病院へ派遣されます。
不衛生だった病院を、適切な看護が受けられるものへと改革していきました。
戦争から帰ってきたナイチンゲールは、文献の執筆、学校の建設など、数多くの功績を残し、90歳で亡くなっています。
「看護は「病人を看護する芸術」です。「病気」の看護ではなくて、「病人」の看護というところに注意してください」という名言は、今もなお看護師の心構えとして生き続けています。
2.2020年のイベントは計画中
東京都看護協会が行なう2020年のイベントの詳細はまだ明らかにされていません。
2019年には、看護師による健康相談、体の状態チェック、子どもの体験コーナー、看護師になるための就労相談などが行なわれました。
私は先日健康診断を受けてきましたが、看護師さんたちがこうして外に向かって働きかけるのはすばらしいことだと思います。
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3.看護の日ポスターの販売開始
2020年の看護の日のポスターが、日本看護協会から販売されています。
引用元 日本看護協会
おそらく病院や看護学校などが購入するのでしょう。
協会のサイトから注文できます。
ナイチンゲール生誕200年、日本における「看護の日」制定30周年に当たる2020年のポスターは、ナイチンゲールの姿を大きく描いています。
4.病院での思い出
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4-1.看護師さんの思い出
私は今までに5回、精神科に入院しています。
1回目は救急搬送されたので、遠方の病院でした。
2回目からは比較的近くの病院へ入院しました。
ワンフロア40人くらいの患者に対して、20人くらいの看護師さんがいたでしょうか。
うつ病で入院した私は、個室で看護師さんを前に大声を上げて泣きました。
「家族に申し訳ない」といって涙を流す私に、男性の看護師さんは「ヒロさんが悪いわけじゃない。病気が悪いんだよ」と諭してくれました。
4-2.看護助手さんの思い出
また、女性の看護助手さんの思い出があります。
あるとき、「昨日、家に帰っていやなことがあったの。
でもヒロさんの笑顔を思い出したら、いやな気分も吹き飛んだわ」と言ってくれました。
私は入院していたので、そうそう笑顔を見せた記憶はありませんが、こんなにありがたい言葉を受けたのは初めてでした。
5.看護師という職業を尊敬する
私は看護師という職業に就く人を尊敬しています。
なかでも精神科の看護師さんは、本当にすばらしいと思います。
理不尽なことを言ってくる患者、暴力をふるう患者に対して、温かい心をもって接することができるのは、すごいことだなと感心してしまいます。

なにより新しく入院してくる患者の名前をすぐに覚えるんだからな

プロとはいえ、たいしたものですね
でも人間ですから、間違えることもあります。
二人部屋に入っていたときのことです。
私とKさんという患者さんが入っていたとしましょう。
夜中に、女性看護師さんがKさんをトイレにつれていこうとして、私に向かって、「Kさん、Kさん」と呼びかけるのです。
私は「ヒロですけど」と答えました。
すると「あら、ごめんなさい」とあやまってくれました。
6.まとめ
以上、「看護の日」の由来と、私の病院での思い出について述べてきました。
今は通院なので看護師さんとの接点はありませんが、今まで多くの看護師さんのお世話になってきたのだな、とあらためて感じます。
- 看護の日の由来はナイチンゲール
- 看護の日を記念してイベントが開催される
- 私は看護師さんを尊敬する
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