白川裕二郎(純烈)紅白初出場! 元力士? 母の言葉

12月

今回の記事では、2018年の紅白歌合戦初出場となったグループ「純烈」のメンバー白川裕二郎さんについて説明します。
なんと、元力士だったのです。母の言葉がきっかけで芸能界入りするようになりました。

1.白川裕二郎さんの力士時代

白川裕二郎さんは1976年生まれ、現在42歳。
中学校では柔道部、高校ではバレーボール部に所属していました。

運動神経抜群だったようです。

高校を卒業後、柔道を習いに行っているときに、相撲部屋からスカウトされました。

そして1995年、9月場所から本名である「白川」の四股名で相撲界デビュー。

当時18歳でした。当時の体が、身長182cm、体重82kgだったそうです。

確かに力士としては小柄ですが、あの白鵬も、入門当時は身長175cm、体重68kgでした。

そこから体を作っていったのですね。

白川裕二郎さんは、大相撲入りしたものの、腰のケガから、わずか1年で引退しています。

2.白川裕二郎さんの母の言葉

白川裕二郎さんは、小学6年生の時にお父様を亡くされているそうです。お母様が裕二郎さんとお姉さんを育てました。

そして、力士を引退した裕二郎さんに、「俳優養成所に通ってみては」と助言したそうです

身内ながら、イケメンだったことに気づいていたのでしょうね。

母の一言がなければ、白川裕二郎さんが芸能界入りすることはなかったわけです。

人の人生なんてなにがきっかけで変わるかわからないものですね。

3.芸能界デビュー

白川裕二郎さんは、2002年に「忍風戦隊ハリケンジャー」のカブトレンジャー役でデビューします。

この「戦隊もの」のそもそもの始まりは、1975年の「秘密戦隊ゴレンジャー」です。

現在でも続いているわけですから、実に40年以上の歴史をもつ番組なんですね。

私の息子は1990年生まれですが、1994年に放映された「忍者戦隊カクレンジャー」をよく見ていました。

4.純烈の結成

「純烈」は、男性5人組による歌謡グループ。「歌謡グループ」と紹介されるあたり、思わず昭和の時代が頭に浮かびます。

2007年から活動しています。

結成当初から、「紅白歌合戦出場」を目標としていました。

2018年、その夢が叶ったのです。お母様もさぞやお喜びでしょうね。

純烈の「プロポーズ」MVはこちら

純烈「プロポーズ」MV フルバージョン

純烈は「スーパー銭湯アイドル」と呼ばれています。

父さん
父さん

40代でアイドルとは

母さん
母さん

あら、いいじゃないですか、イケメンなんですから

5.紅白歌合戦初出場と視聴率

2018年の紅白歌合戦初出場歌手は、紅組があいみょん、DAOKO、白組がKing & Prince、Suchmos、純烈、YOSHIKI feat. HYDEの6組です。

う~ん、私は音楽番組をテレビで見ないので全く知らない。

「紅白歌合戦」は1951(昭和26)年に、第1回がラジオ放送されています。

第4回からテレビ放送となりました。

視聴率調査が始まった1962(昭和37)年は、なんと80%という視聴率だったそうです。

2017(平成29)年の視聴率は、1部35.8%、2部39.4%でした。

6.私の紅白歌合戦の思い出

もう何年も前になりますが、私は大晦日を入院しながら過ごした経験があります。

病院の消灯時刻は午後9時。

ところが、12月31日だけは、「紅白歌合戦が終わるまで起きていていい」というルールがあったのです。

そして夜食にロールぱんとパックの牛乳。

私はふだんの年は紅白歌合戦を最後まで見ないのですが、その年だけは最後まで見ました。

7.まとめ

以上、紅白歌合戦初出場となる「純烈」のメンバー、白川裕二郎さんについて説明してきました。こうやって、その人の背景を知ると、テレビを見るのががぜん楽しくなりますね。白川裕二郎さん、純烈のますますの活躍を祈っております。

自分の人生を主体的に選択して生きよう

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